2011/02/26

Day 4-6: Easter Island

あの、最高でした。イースターアイランド。

ほんとにモアイくらいしかないのですが。
モアイ見るか、朝日見るか、夕日みるか、星空みるか、してました。
あとTongariki在住のMOAさんがもりで魚とって食べさせてくれたり、顔に泥?でペイントしてくれたりとか。「これから凧あげるときはTongarikiと自分を思い出して」とドラマのようなセリフもくれました。

あともちろん凧あげてました。写真のとおりMOAさんも参加。

初日は夕日とモアイの撮影をしようとしたのですが、空撮はうまくいかず。
風が強くて、凧の揺れがはげしく写真がぶれてしまいました。
次の日は、朝日とモアイの撮影に挑戦。こちらは大成功。

この角度からのモアイ写真ていまだかつてないのでは??
*現地のガイドさんの許可を得て撮影しています。

正直、こんなちゃんととれると思わなかった。凧師匠たちと、手伝ってくれた凧先輩くりもとさんのおかげです。ありがとうございます!
あとHare Kapone泊まってたみなさまも、つきあってくれてほんとありがとう。

今はペルーの山のほうです。
こっちも楽しいけど、イースター島の暑さとぼーっとしてても超安心な感じがちょっと恋しい。。。






Day5: Portland -> San Francisco

また移動日。
今度はPortlandからSan FranciscoへAmtrakで移動。
その移動時間、東京->シアトルの約2倍の17時間。
さすがに疲れたが、朝、電車で目覚めたら、風景の色彩がトーンアップした感じだった。
(おおいに気のせいかもしれないが)
でも一気に"カリフォルニア"を帯びていたように思えたのがうれしかった。

移動前にPortlandを少し歩いて回った。


歩いてて見つけたこのCargo って店、むちゃくちゃ素敵だった。世界中のJunk(いい意味で)が集まっている。



 Clab and Bay Shrimp Cakes @ Jake's






2時間ほど歩いただけで面白い場所を沢山見つけた。
かと言って超都会って感じでもなく、山もすぐ近くにあるし、格好いい点とほっこりした点の両方あるのが魅力的だった。
残念ながら、約束していたのに会えなかった人たちもいる。また行く、必ず。

Day 4: Portland

日常の煩雑さに追われている時、いっそ羊飼いになりたいとよく妄想する。
具体的にはどうやって就業するのかよくわからない。
そもそも羊を連れまわすスペースなんて、東京23区にない。

Willamette River沿いにあるTom McCall Waterfront Parkという場所で凧あげをすることにした。
が、都会のど真ん中。ほとんど風待ち状態だった。




あまりにも風のことばっかり考えていたので、もう「風飼い」くらい名乗ってもいいんじゃないかという気すらしてきた。
あ、風向きや風力をコントロールできるくらいじゃなきゃプロフェッショナルじゃないか。じゃ、「風飼い見習い」くらいか。

Twitterで呼びかけたら、Portland近郊に住むNさんご一家と隣の家に住むというりなこちゃんが来てくださった。
そしたら一気に楽しい日になった。





実は風待ちの間、糸が切れたり、鳩のフンが落ちてきたり散々だった。
あまり高く揚がらなかったので、空撮できなかったのが残念だ。
Nさんご一家、りなこちゃん、ありがとう。

その後、地ビールでも飲みにいこうと思った瞬間に、気絶したように眠ってしまった。
ま、そんな日もあるさ。
そんな4日目。

2011/02/23

Day 2-3:Santiago

こんばんは。今はイースター島にいるいとーです。
2/19-20まで、サンチアゴ満喫してきました。

2日間ともサンチアゴ在住のYukiさん宅に泊めてもらい、彼女にスーパーお世話になりました。
Yukiさん、Yukiさんを紹介してくれた打村さん、打村さんを紹介してくれたあやさんありがとう。

1日目は30時間フライトで疲れはてたので凧あげはなし。
Yukiさんの案内で市内をぶらぶらし、お昼はPastel de chocloっていうトウモウロコシをペースト状にして鶏肉とかレーズンとかいれてオーブンで焼いた料理を食しました。甘い味でおいしかった。けど、量が半端ないです。1/3で満腹。限界まで食べても1/2。夜もYukiさんと友達のロレッタが手づくりしてくれたサーモンタイカレービーフンを食べて満腹。夜はクラブいくはずだったのに、夕飯後ソファーで熟睡してしまい、行けず。みんなも行けず。自分最低。お腹いっぱいになったら寝るとか子供かよ。実際こどものように寝てたそうです。ほんとごめんなさい。

さて、ようやく凧あげの話。

2日目はようやく市内の公園で凧あげ。が、風がない。
私がもたもたしてたらみんな、走ったらどうか、カメラの位置をかえたらどうかとか提案してくれた。ちびっこも手伝ってくれた。

失敗を重ねつつも、公園まわりのビルとか、公園でサッカーする人たちの写真がとれました。

Mucho gracias Santiago.

ほんといいひとばっかだったなあ。







2011/02/22

Day 3: Seattle -> Portland

ポートランドは昔からなんとなく、いい印象があった。
オレゴンっていう響きからしてもういいし、面白い企業が集まっている。ほんとかどうかわからないけど、東京のあるおじさん曰く、北米の中で最も自転車乗りが多い街らしい。その点も自転車好きには魅力的に聞こえた。

シアトルからポートランドまでをAmtrakという鉄道で移動してみることにした。大体4時間ほど。
旅行に限らないが、1つの場所にずっと留まることが苦手だ。
だから旅行の醍醐味は移動とすら思っている。移動は、時間がかかって面倒くさいほどいい。
 
シアトルのKing Street Stationのホーム


車窓から見た風景 ↓




































車内には食堂車があって、ごはんを食べに行ったのだけど、相席だったので写真は控えました。
その相席中に一緒だった中年女性が「自分の3歳になる孫が"Peter Bなんちゃら" って名前なんだけどうまく発音できなくて"Peanutbutter"みたいな発音になる。だからみんなで"Peanutbutter Boy"って呼んでいる (Laugh)」ってエピソードが可愛らしかったな。(Peanutbutterネタ、なぜか異様に好きだよ)

ポートランドに着いた途端に、道を聞いたおじさんのハグを受けた。なんかのキャンペーンかい。
幸先、、、いいかも。

ではまた。


Day 2: Seattle: Gas Works Park & more 

北シアトルにあるGas Works Park という公園で凧をあげることにした。日本の師匠に名前を聞いていた場所だ。


昔ガス工場だった場所で、錆びたガスタンクが今も残されている。Lake Unionに面していて風もあるうえ、Kite Hillと呼ばれる丘もある。みんなピクニックしたり、ジョギングしたりしていた。




Lake Union にも面していて、景観もなかなか素晴らしい。が、最初に言っておく。
全くうまく揚がらなかった。
風のせいばかりにしたくないが、不安定ですぐに下がってしまう。本当はカイトフォト(凧にカメラをつけて撮影すること)をやりたかったのだが、十分な高さに上がらない。そんな状態が2時間ほど続いた。
その後、手袋をつけていない拍子に強い風が吹き、勝手に凧がどんどん上がって行ってしまった。糸の張りがあまりにも強かったので、引き戻そうとした時に凧糸で指を切ってしまった。この点は日本で師匠に再三言われていた。油断していた自分が悪い。さらに凧を下ろした時には、凧糸が凧の先のしっぽと絡まってぐちゃぐちゃに。
あらためて文字にしてみるとどうってことないし、ある程度こういうことも予想していた。だが、ほぼ初めて来た公園、しかも異国、で指を切って1人で糸をほどいている時は、ただただ先が思いやられて悲しくなった。

ただ、こんなに何もかもうまくいってないのに、風を支配したくなる気持ちもわかる気がした。気まぐれだし、目に見えないし、ままならないことだらけだし。ちょっとでも動きや向きが読めたら、すっごく難しい相手と心が通じたような気分になれそう。ま、凧や風に限った話ではないが。
その後はこの公園近くにある Gasworks Kiteshop に遊びにいったり、バスを乗り継いでPike Place Marketという市場をざっとみて回った。(ところで師匠、Kathyさんがリグに感心していましたよ) 

シアトルには金曜日に着いたばかりだが、日曜の昼にはPortlandに移動するので、実質2日ほどの滞在だった。観光というよりか、住みやすそうな街という印象だった。交通網がものすごくよくて、街の中心部はバスで無料で移動できるし、滞在中は乗り倒していた。バスを待っている間、バス停でいろんな訛りの英語の人たちと話したのも、勝手に "アメリカ" を感じて 楽しかった。この旅行のことは何回も話すので、すっかり説明がうまくなってしまった。みんな、私の旅程の急さや、ルームメイトは南回りで旅行していて後にコスタリカで合流することを話す時点で結構驚いてしまうので、凧のことまで話が及ぶと "わけが分からない" という反応をするのも面白かった。(そろそろこの流れも飽きてきたので、もっとentertainingな方法で説明できるよう試みたい)

あと、シアトルに限った話ではないが、アメリカのごはんは、自分がどういう感じのものを求めてて、どう調理してあるのがベストかを、いかに相手に伝えられるかが胆だと思った。日本は、私の印象だと、テーブルにサーブされる時点で味が「完成」されたものがほとんどだと思う。アメリカで私はそれを求めなくなった。味が足りないと思ったら適当に調味料で整える。(たいてい濃すぎることの方が多いんだけど…たぶんある程度のお金を出せばそんな細かいこと、いちいち考えなくてもいいとは思うけど、そんなに裕福な旅行ではないので。) 例えばサンドイッチひとつ頼むのも、パンの種類、トーストするのかしないのか、ソースは何にするのか、付け合せはシーザーサラダか、フレンチフライか、抜いてほしい/多めに入れてほしい野菜はあるのか…をできるかぎり丁寧に伝えるに越したことはないと思った。2日くらい滞在した印象だから、全くあてにならないけど!

そんな2日目。

では、また!

2011/02/20

Day1:始まる前

いとーです。

成田を出発して約30時間、ようやくサンチアゴに到着しました。
遠いよ、チリ。。。

成田を出発してまずはロサンジェルス着。
乗り換え時間は二時間弱あったと思うけど入国審査とか荷物いったんピックアップしなきゃいけなかったり、でまたその荷物のチェックがあったりで時間ぎりぎりに。
アメリカ国内での乗り継ぎはめんどうです。普通のトランジットの3倍くらいやることあります。
発券時間すぎちゃったのでSpecial Serviceなるカウンターに行ったら、too lateって言われたけど発券してもらえました。
アトランタとか機内でもそうだったけど、チリに行くっていうと必ず by yourself?って聞かれて、なんか初めてのおつかいしてるような気分になった。
ちなみにSpecial Service へ向かってる途中、ベンアフレック見ました。さすがロス!

そんなこんなでようやくアトランタ行きの便に乗れたのですが、これがなかなか動かない。
一時間くらい機内にいて、やっと滑走路に行ったと思ったら引き返しちゃうし。
引き返したら前の席のハイテンションな女のひとが連れてかれて、戻ってこないまま飛行機は出発しました。
どうやらドラッグがらみの何かがあったようです。さすがロス!

ちなみにロスからアトランタへ向かうときの景色、最高です。
山形出身だから山は見慣れてるけど、ぜんぜん違う。
茶色くてゴツゴツしてるし、平野も全部ベージュっぽい土の色。
ここ、自動車で走ったらおもしろいだろうなあ。次回はアメリカ横断ですかね。

そして到着したアトランタでも結局Special Serviceのお世話になりました。
先が思いやられます。。。サンチアゴについてからのことはまた次回。

2011/02/19

Day 1: Seattle

こんばんは、中原です。
日本時間の2月18日(金)の15時過ぎにいとーさんと別れてからわずか9時間余りでシアトルに着いた。飛行機が離陸してからずっと泥みたいに眠っていたので、一瞬でアメリカに移動していた感じ。(その後の入国審査が予想以上に厳しかったので、一気に目が覚めましたが)

空港から一旦宿泊先に荷物を置きに行き、バスを乗り継いでdowntownや明日凧あげをする予定のLake Unionら辺に行ってきましたが、詳細はまた明日。


Lake Union
 シアトルといえば、Starbucksやその他多くのコーヒーチェーンの発祥地。そのせいか、みんなして片手にタンブラーを持っている…気がする。そういう目で見てるからだけかもしれないけどね。昔、そのことを人づてに聞いたとき、そんな大げさな、って思っていたけど、これは割と嘘じゃない。
あとは市場で買ったCoconut Cashew nutsがげろんげろんに甘かったこと。
そんなしょーもないdetailsに「アメリカ」を感じた…。そんな1日目。

明日はお昼過ぎから、Gas Works Park http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&lr=lang_ja&q=gas%20works%20park&um=1&ie=UTF-8&sa=N&tab=wl で凧あげをします。お近くの方は是非ご一緒しましょう。

では、また!

2011/02/13

最近の凧練

凧を作りに行ったり
それを飛ばしたり
名人に作ってもらった"リグ"(撮影用装置)を
こんな風に凧糸につけて
飛ばし
空から撮影
我々の左右にいるのが凧名人たち

2011/02/11

My thoughts on Feb. 10

いとーです。今までの流れを無視した上に英語で書きます。

My mother is in the surgery room now. 
She is having surgery to remove cancer.

She wouldn't tell me and my younger sister that she was in the hospital until she was diagnosed with cancer of the stomach.  That would be just like her to do that.

Last weekend, we took her any place she wanted to go, like nice restaurants, karaoke, shrine.  She looked completely good.  It was hard to imagine there was a bad cancer inside her.

It would be difficult to eat the same as she did before.  Because the surgery is the total gastric resection.  What feelings might she be experiencing after her stomach is gone?  These days, when I eat something, I always think about it.  It really hurts me.

She will be in hospital 3 or 4 weeks after the surgery.  And during this period, I will be in South America.  I was thinking I should cancel the travel and be her side... many times.

But she said she want to see what I do on the other side of the world.


Now, I decided to go.

I take many photos and upload everyday,

tweet everyday,

do Skype if we have a chance,

meet many people, make many friends,

eat and drink a lot.

I want to give her much more entertainment than TV programs or magazines.  There is no scientific evidence but I believe laugh is the magic bullet for cancer.  I am happy to live in this period which anyone can be a small media.

Watch our show.

Let's play around the world.

大仏様、我々を見守っていてください。(帰ってきたらちゃんとお礼参りしますので!)

2011/02/09

関西合宿 -鹿以外の奈良と謎のおっちゃん 編-

更新が滞っていましたが、関西合宿について続けます。
世界旅行キャンペーンの応募締め切りも迫り、凧が飛んでいる映像をどうしても撮りたかった我々は、とにかく大仏と鹿と奈良在住の友人姉妹にかけるしかありませんでした。
クリスマスの朝、9年来の友人である鎌田姉妹に迎えられ、早朝の奈良公園に向かいましたが、朝早かったせいもあり風がほとんどなく、凧が飛ばないことに私はとにかく焦っていました姉妹の薦めで平城京跡に移動すると、風もばっちり!フラミンゴもやっと飛びました。


後で知ったのですが、このフラミンゴ型の凧は極めて飛ばしにくい形状らしいです。また、骨が1本余ると思っていたら、首の骨を入れ忘れていました。(映像を見るとわかりますが、首、ふにゃふにゃです。)今思えば不備だらけ。いつでもなんでも舐めてかかりすぎ。しかしあの時はとにかくはじめてフラミンゴを飛ばせてうれしかった。また、あんなに風のことを短期間で集中して考えることなんて、普段生きてて滅多にないので、その行為自体が新鮮だった。凧って風を可視化したい願望から生まれたのかなとも思いました。
凧も飛び、映像も撮れてほっとした我々は、その後、鎌田家で手料理をごちそうになったり、奈良&大阪を観光したり、鶴橋で噂の冷麺(麺を打つ修行に耐えきれなくて従業員の8割が辞めていくらしい)を食べたあと、私の実家がある兵庫県に向かいました。
思えば、ケンタッキーフライドチキンにできる行列を横目に、うな重と肝吸いを食べ、イルミネーションで輝く街をダッシュし、夜行バスで奈良に向かい、朝食もろくに食べずに凧あげをし、大仏と鹿に会いにきた...という、”クリスマス"っぽい要素がほとんどない12月25日でしたが、いろいろ恵まれていた一日だったと思います。


次の日、12月26日(日)は終日神戸観光をするつもりでした。しかし、もはや凧を持ち歩かないことに違和感すら感じるようになっていたので、とりあえずフラミンゴを持参することにしました。用事があって途中下車した「JR 六甲道」駅前には広場があり、タイミングよく風も吹いてきたので、とりあえず凧をあげてみることにしました。
(ところで、この時いとーさんが「『六甲道』の『六甲』って、『六甲おろし』の『六甲』?六甲おろしが吹くんだよね?ぜったい凧飛ぶじゃん!」と口走っていたことを私は忘れていません。彼女のこういった根拠があるんだかないんだかの自信に、私はいままで随分助けられてきました。)

都会の高層マンション街だったせいか、強い風が吹いたと思っても、すぐにぴたりと止まってしまう。この繰り返しで苦戦していると、ある親子が我々に近づいて来ました。父親は言いました。

「ねーちゃんら、見てられへん。おっちゃんは『凧揚げ3級』や。お願いやからその凧、あげさせて欲しい。」


「凧あげ3級」って何やねん...とつっこみを入れたい願望をおさえつつ、その親子の熱意にやられ、なぜかその親子と我々5人で凧練をすることになりました。おっちゃんが風を読み、走る方向を指示する。私、いとーさん、お母さん、子供で凧を支える係と走る係をシフトチェンジしながら分担...。そのような感じでひとしきり練習をした後、おっちゃんは言い放ちました。


「おっちゃんはもう疲れた。帰る。そこのマンションに住んでるから、上から叫ぶわ。『もっと走れー』とか、『もっとヒモ引っ張れー』とかな...わしは監督か! じゃ!」


その後もちびっこ集団に凧を奪われたり、凧が木に引っかかって救助したりしているうちに、神戸観光に残された時間はほとんどなく、お土産を買う時間しか残っていないことに気づきました。結局、15分程度で三宮でお土産を買い、急いで家路に向かいました。 


そんな慌ただしくて、実りが多くて、変な出会いもあった関西合宿。
たったの1ヶ月半程前のことなのに、もはや昔話!

次回予告:『凧あげ名人に悉く打ちのめされる』(仮題)の巻


じゃ、シーユー!